7/21 ひとこと ~教育の持論①~
今日のひとこと
今日は疲れている&社説を読んだけど、私見があるほどでもなかったので省略します。
さて、三大都市圏初め日本中で感染拡大が発生していますが、その多くを占めるのは若者でいわゆる“夜の街”関連です。
緊急事態宣言解除後に感染が急増したのは、宣言下において開店出来なかった店などが開店することで若者が呼び寄せられ、遊び呆けたのが原因だろうと思います。つまり、若者に自制心が宣言下においてあったわけでなく、行く場所が開いてないから、という消極的な理由であったと推測します。
やはり自分としては、こういうものも教育と結びつけたくなります。何が問題かというと、このコロナ禍の中、マスクをしないで夜の街でブラブラできる若者たち(ネット上目撃情報による)の倫理観です。学歴で分けるのはいけませんが、でも、そういう人って大学生なのでしょうか?高卒?中卒? いずれにせよ義務教育は受けているわけです。僕はいくら学問が出来ても、状況を鑑みて自身の行動について自制が出来ないような人は、必ず良き市民ではないし、それは教育の目的を達成していないように思います。
よく自分は、教育の目的を考えます。それは必ずしも1つではないだろうと思います。しかし、原点に返れば、教育を行うのは良き国を作り、人々の幸福を保つためだと思います。ここでは、倫理観の欠如で人の健康を脅かしている場合があるといえるでしょう。 もちろん、義務教育によって倫理観は完成しません。その人の環境的要因によって左右されることでしょう。しかしながら、いわゆる非行などを犯すような少年の殆どは、家庭環境やその他の理由で愛情を感じられなかったり、他人を信じることが出来なかったりするから過ちを犯してしまいます。また、学校という場所に馴染めなかった、抑圧された、と感じた人もいるでしょう。
学問が学べることはとても幸せなことです。しかし、勉強が出来なかったり、少し他人と違ったりするからと言ってその人の人間性を否定することはあってはなりません。それはその人の自尊心を傷つけ、人生に大きな影響を与えます。承認要求から目立ちたがったり、悪いことを率先して行ったりするかもしれません。
現状において、ものさしが学業1つに偏っているのは、一部の人にとってとても生きづらく苦痛なことなのではないかと考えています。そもそも、努力ができるかさえその人の変えられない環境によるものなのだから、学業が出来ないから良くない人だ、という価値判断がもしあるならば、それはやめるべきだと思います
長々と書いて…結局何が言いたいかというと…
過ちを犯す若者の多くはその環境が恵まれなかったのみであって、
安易に軽蔑してはいけないどころか、しっかり丁寧に接していくことが重要である
ということです。
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