8/16 ひとこと & 讀賣新聞社説【終戦の日】

 終戦の日 平和と繁栄への犠牲忘れまい

 “戦争を直接知る人は、年を追って減っていく。平和への誓いを新たな世代に引き継いでいかなければならない。” 75回目となった終戦の日、政府主催の全国戦没者追悼式が、天皇、皇后両陛下をお迎えして東京で開かれた。天皇陛下は上皇さまの歩みを引き継ぎ「過去を顧み、深い反省の上に立って」という表現を使い、「再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願う」と述べられた。1937年の日中戦争開戦から終戦後のシベリア抑留まで、軍人・軍属230万人、一般市民80万人の命が失われた。その一人ひとりの人生に思いを致し、平和への努力を普段に重ねねばなるまい。

社説を読んで(私見)

 今日は終戦の日でしたので、玉音放送の全文を読みました。おっ古文や漢文を学んできたかいがあったな!と思ったのですがそのことはおいておいて

 終戦後、日本がここまで経済成長を遂げることが出来たのは、もちろん朝鮮戦争をはじめとする近隣諸外国の情勢もあったわけですが、それ以上に日本国民の懸命な努力があったのだろうと推測します。そして同時に、自分の責務は、一国民として国政にきちんと関与し、平和をなんとしても守り抜くという姿勢を貫くことなのだろうと思います。

そのためには、自分には知らないことが多すぎます。そもそも学び方をよく知らない。だからこそ、これまで以上に使命感とハングリー精神を持って勉学に励まねばならないと思います。

 

 

今日の一言

 先の私見でも少し触れましたが、この夏休みは自分の無知について、理解を深めた2週間でした。それの大きな理由は、小論文です。今まで自分は、教育に対してきちんと持論を持ち、またそれには根拠もあるのだと考えてやみませんでした。しかしそれを論じてみようとすれば、仮説ばかり。説得力を持って人に伝えることなど到底できるような内容ではありませんでした。

 このことは長らく行っていなかった、社説要約を改めて行うきっかけにもなりました。最近感じることとしては、自分の利益や役職を求めても、どうせ自分は死んでしまうのだから、ということ。小論文は主に大学入試についての内容で、それについての本をたくさん読んで感じたことは、学ぶことこそ世の中を深く理解し、いわゆる人助けの根本となるのだろうということです。モーリシャスの船舶座礁の問題などを見ても、やはり学問が、日本が、そして自分が果たして地球社会に対して何ができるだろうかと考えさせられます。

 学ぶことは尽きませんが、立派な市民となるべく努力しなければなりませんね。

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