2/12 かみさまはみている

 なんかもう2/13になってしまいました。

2/11の分の日記も書いてないのに、

やっぱり旅行後が一番疲れている、しかも遊んで帰ってきたのにきっちりしないと行けないなんて嫌だもんね、

ということで11日と12日の分を書きます。

11日は、大学のお友達と川場の道の駅と、ついでに富岡製糸場を見に行きました。

やっぱりなんか、知能の差を感じましたよね、雪の投げつけ方とか自分ワンパターンだし、ブランコしても速度に質量関係ないんじゃない?とか。

車で暇だね~とかなっても、自分がなにかできるわけじゃなくて、人が考えたのになんとか乗っかるだけみたいな

いや~やっぱり自己肯定感が下がっちゃうなぁ という感じでせっかく行ったのに悲しい気持ちで帰ってくるわけです。

まぁ行って良いこともありましたよ、

川場とか安宅さんが風の谷の候補地にしたいと言うだけの景観を感じることができました。


ふと写真を取りたくなるような広い視野・人間の生活(田畑)と地形の融合

こういう定性的に感じられるけれど、なにか田舎に帰るとほっとするな、という景観を軸にして地方を再興させたいということなんだなぁ と一つわかったような。

しかも村を少し回ってみると、きれいなお家がたくさんあって、印象的なのは個人経営らしいこじんまりとしたお店にも新しいところが多いところ。こういう異人を受け入れる土壌があるところも大事なんだろうな、と感じました。

とはいえ、まだまだ輸血に頼っている街だし、冬だからかそんな個人経営のお店に人がたくさんいたかというと・・そうでもないかな。

実際にここを風の谷にしよう、となると理念も大事だけど、やる気のある人がいるか、賛同してくれる人がいるか、という疎空間ならではの人集めの難しさに直面しそうだな~とか思いました。でもそれって裏返せば、そんな仲間づくりに成功しちゃえば、まちがガラッと変われる力を秘めているってことなんだろうけど。

ともかく、人がすくないから一人ひとりの力が重要になってくる。トンガリが重要だ、って本に書いてあることを身にしみて感じました。みんな中庸じゃあ、何も生まれないよ、母数が少ないんだからさ、


さて12日は、帰省のため在来線で西へ向かいました。

AIが普及してきて、気軽に地域の名産品を食べたり、目的のお店(本屋)を調べて行けるようになりました。

そんなわけで浜松では「石松餃子」(もやしが餃子についてくることで有名)、とよはしでは「たけの子パン」を食す。

元々JR東日本管内はグリーン車、JR東海管内はホームライナー、名鉄線内は特別車を使って豪華に行こうかと思っていたけど、思ったより元気だったのもあって全部普通車で帰省完了。結構これも気持ちがいい。


電車内での読書も捗って、

共同作業が多いと、
・人と違うこと ・他人より目立つこと ・周囲より多くお金をもらうこと
を良しとせず、暗に批判する雰囲気があるのでは? という話とか

アイヌ神謡を読んで、

自分の可能性を全く信じられない、心の卑しさに気づいてとても悲しい気持ちになりました。

自分は他の人よりスペックが低いかもしれない。

テストだって点数は低いし、恋愛はできないし、他人の幸せを心から祈ってあげられるような優しい心の持ち主でもない。 自分なんてだめな人なんだ。

そういう心のあり方こそ、最も忌み嫌うべきものなんだと、昔はそう思っていたのに忘れていた。

どんなに物質的に賤しくなっても、精神的に卑しくなってはいけない。

自分を信じて、他人を信じて。何度裏切られても、信じ続けて。

そしてたった一度の成功を手に入れる。そんな地道で、だけれど確実で美しい生き方を目指していきたい、そう感じました。かみさまは、みているよね。

コメント

このブログの人気の投稿

6/4 ひとこと & 讀賣新聞社説【米国の騒乱】

6/7 讀賣新聞社説【高齢者の見守り】

3/30 新型コロナ、怖い。